【#渡辺曜誕生祭2021】曜ちゃんゆかりの地?「スカンジナビア号」はなぜ沼津に?

今年もとうとうこの日がやってきました。本日4月17日は、忘れてはいけない渡辺曜ちゃんの誕生日です。

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曜ちゃんといえば、というと色々なものが連想されるのでしょうが、わたしにとってはやはり「恋になりたいAQUARIUM」が一番大きい存在です。やはり最推しのキャラクターがセンターを務めるというのは大きくて、ライブに行く度聴けないものかと楽しみにしています。現地で最後に聴けたのは、4thの1日目なのですが…

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曜ちゃんが輝けそうな曲といえばもう一曲。先月31日発売の「smile smile ship Start!」です。船の上で歌って踊る曲、まさに曜ちゃん向きなもの。張り切っている様子が目に浮かびます。

smile smile ship Start!に出てくる船、全く架空のものではないというのがもっぱらの噂です。それも沼津に実際にいた船がモデルだという話。

そのヒントを探れるお店が、沼津市西浦木負の「cafe海のステージ」さんです。

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海のステージさんは地元の方もよく訪れている喫茶店で、コーヒーやお茶だけではなく、カレーなどの料理も美味しいお店です。先日訪れた際にはピラフカレーと寿太郎みかんのヨーグルトをいただきました。

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Aqoursとのつながりも深いお店で、キャストが訪れたこともあるとのこと。また、沼津walkerの表紙のイラストも、こちらのお店のテラス席がモチーフであるといわれています。

一方で船に関する展示がなされているのも、「海のステージ」さんの特徴。その展示物は「スカンジナビア号」と呼ばれる船にまつわるものです。

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(沼津みなと新鮮館に展示されているスカンジナビア号の模型)

スカンジナビア号」とは、かつてこの地に係留されていた船のこと。今から50年前にスウェーデンから沼津に移り、船内を改装のうえ投錨し、ホテルやレストランとして運営されていました。運営主体は伊豆箱根鉄道。「伊豆三津シーパラダイス」と併せて、西伊豆におけるリゾート施設として、2005年まで運営されていました。営業終了後、「スカンジナビア号」の母国であるスウェーデンの企業へと船は売却されました。スウェーデンで再びホテル兼レストランとして営業するべく、沼津を離れ上海での改修を経てスウェーデンへと曳航される予定でしたが、途中の和歌山県潮岬沖にて沈没してしまいました。

スカンジナビア号」とは、実はこの船に「後からつけられた名前」で、元々は「ステラ・ポラリス」という名前のクルーズ客船でした。「ステラ・ポラリス」とは「北極星」から名付けられた名前。ノルウェーの開運会社が発注し、スウェーデン南西部のヨーテボリにて建造されました。1927年に進水し、富裕層向けのクルーズ船として運用されました。白く優美な船体から、「七つの海の白い女王」とも呼ばれていたとのことです。

クルーズ船として運用されていた「ステラ・ポラリス」ですが、順風満帆といえそうな活躍はそう長続きしませんでした。就航から10年ほどで第二次世界大戦が勃発し、「ステラ・ポラリス」がいたノルウェーは、ナチスドイツに侵略されました。「ステラ・ポラリス」が戦争による大きな被害を受けることはなかったものの、ナチスにより接収されたうえ、船内を荒らされることがあったようです。

戦後まもなくして、「ステラ・ポラリス」は大規模な修復を受けます。戦後の混乱もあった中、1947年にはクルーズ船としての運行を再開。また、1959年にはスウェーデンの開運会社に売却され、里帰りを果たしました。

再び平穏な日々が訪れたかのように思われる「ステラ・ポラリス」ですが、取り巻く環境は再び暗転していきます。第二次世界大戦後、航空機輸送が台頭し、船による輸送は衰退していきます。また、船舶に対する保安基準も年々厳しくなり、「ステラ・ポラリス」はクルーズ船としての用途を終えざるを得なくなります。

ステラ・ポラリス」を保有していた海運会社は、用途が無くなったゆえに売却という手段を選びます。ここで売却先に浮上したのが、ラッピング電車でおなじみ駿豆線を運行する伊豆箱根鉄道です。

伊豆箱根鉄道と同じ西武グループの不動産会社として存在していた「コクド」は、1960年ごろから日本各地でリゾート開発を行っていました*1伊豆箱根鉄道もそれに乗り、沿線におけるリゾート開発を行っていました。「恋になりたいAQUARIUM」のMVに出てくる伊豆三津シーパラダイスも、その構想に含まれるのでしょうか。

伊豆箱根鉄道は「ステラ・ポラリス」を活用しホテルとすることを構想。結果として5億円(当時)で売却されることになりました。ただし売却における条件として、「『ステラ・ポラリス』という名前を使わない」という条件が付されました。そこで名称を「フローティングホテル・スカンジナビア」に変更し、1970年7月より沼津市西浦木負にて営業を開始しました。「スカンジナビア号」という名前は、この時付けられた名前から来ているわけですね。

当初は伊豆三津シーパラダイスと併せた総合レジャー施設とする構想もあったということですが、距離もあったため連続性がなくそちらは頓挫。しかしながら、船の見た目やホテルのサービスレベル等の高さもあり、人気を集めたようです*2。最盛期には併設されていたレストランだけで6万人が利用したとのことです。

沼津・西伊豆における人気のレジャー施設として、また地元の人にも地域のシンボルとして親しまれていたスカンジナビア号ですが、ここでも時代の波に飲まれてしまうことになります。1990年代になると、日本におけるバブルが崩壊。レジャー産業は大打撃を受けます。スカンジナビア号も例漏れず、人員削減等の経費削減策も講じていましたが、客室稼働率が著しく低下していたこともあり、1999年にホテル部門の営業を終了。レストラン部門のみで営業を継続することとなります。

スカンジナビア号を襲った悲劇はこれだけではありませんでした。2004年、西武グループにおいて証券取引法違反事件が発覚。スカンジナビア号を所有していた伊豆箱根鉄道も、その当事者となります。「有価証券報告書の虚偽記載」*3という、上場会社としてあるまじき重大な不祥事を起こしたことにより、伊豆箱根鉄道西武鉄道共々上場廃止に追い込まれ、銀行主導による経営再建が始まることになります。

経営再建下の伊豆箱根鉄道は、事業規模の縮小を余儀なくされます。スカンジナビア号もその対象となり、老朽化した船体の改修に莫大な費用が掛かることから、レストラン事業の閉業と船体の売却が決まりました。かくして2005年、スカンジナビア号はホテル兼レストランとしての役割を終えることになりました。

その後、スカンジナビア号は、故郷スウェーデンの会社に売却されました。スウェーデンでもホテル兼レストランとして運営するべく、上海にてまず改修を行うこととなり、2006年8月に沼津を離岸。上海を目指していた矢先、2006年9月2日未明、和歌山県の潮岬沖にて、船体の老朽化に伴う損傷等が原因となり、沈没。故郷に戻ることがかなわぬまま、浸水以来79年の激動の生涯を終えました。

スカンジナビア号が売却されるという話が最初に持ち上がった際、地元の人からは「文化財として残してほしい!」という声があったようです。伊豆箱根鉄道へ保存を要望する署名を持参する等の保存運動すらあったとのこと。そして、売却が決まり沼津を離れる際、別れを惜しむ多くの地元の方々が駆け付けた様子も、海のステージさんで見せていただいた当時の映像に映っていました。

Aqoursのメンバーにとっても、沼津の海岸にいたスカンジナビア号は、幼少期の思い出の風景として存在したはずです。長井崎から近いこともあり、もし現存していたら、アニメなどにも頻繁に出てきていたかもしれません。

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そんな存在だからなのか、先に紹介したMVに出てくる船は、スカンジナビア号にかなり似せているように見えます。比べてみると確かにそう。ここまで掘り下げてロケを行ったと思うと、オタクとしては大いにアツくなれるものであります。

殊に曜ちゃんにとっては特別な場所になっていたはずです。父への憧れから船長になりたいという夢を持つ曜ちゃんですが、そんな彼女にとってのスカンジナビア号とは、身近に見に行ける存在だったはず。幼少期の彼女には本物の船を操縦することはできないから、スカンジナビア号でちょっとした船長気分を楽しんでいたに違いないでしょう。レストランがまだやっていたような頃には、もしかしたら連れて行ってもらえるなんてこともあったかもしれません。在りし日のスカンジナビア号と幼少期の渡辺曜、その間には何か特別な縁があったのではないかと感じずにはいられないものです。

曜ちゃんゆかりの場所は、沼津市内にはいたるところにあります。自宅のモデルになった阿蘭陀館等々、今日あたり大勢の方が訪れるであろうと思われます。私自身もそのあたりのお店を回れたらいいなと思ってはいますが、やはりここは彼女が見て感じている世界を楽しめたらいいなと思うもの。ともなるとスカンジナビア号とは重要な存在になりそうですし、そのことを知れるという点で、「海のステージ」さんは訪れるべき場所であろうと思うわけです。

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ラブライブ!サンシャイン‼が始まりまもなく6年。すでにそれだけ経ってはいるものの、いつまでも4月17日を心から祝えたらいいなと、そんな願いを強くしました。ありきたりな表現ですが、最後はこちらで〆ようと思います。

曜ちゃん、誕生日おめでとう!

*1:グループ内の不動産会社に留まらず、伊豆箱根鉄道西武鉄道の親会社だった。

*2:同じ西武グループプリンスホテルのノウハウもあったと言える?

*3:西武鉄道伊豆箱根鉄道が、株式会社コクド(当時)の実質持株比率を低く見積もり、その分をグループ幹部や従業員持株会の構成員等の個人名義のものに偽装していた。