新幹線だけじゃない!「リニア・鉄道館」に行ってみた

「趣味としての鉄道が最近すっかり欠乏してしまっている」と思い、久しぶりに鉄道の博物館に行きたいということで、名古屋にある「リニア・鉄道館」に行ってきました。

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リニア・鉄道館はJR東海が運営する鉄道博物館です。名古屋駅からあおなみ線に乗って終点の金城ふ頭駅まで行き、駅を出てすぐの場所にあります。

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入場してすぐのところに展示してあるのは、歴代の最高速記録を持つ鉄道車両蒸気機関車と新幹線、そしてリニアモーターカーと、それぞれの時代を代表する車両が並んでいます。C62形は日本最後の旅客列車向けの蒸気機関車で、東海道線の特急列車などを牽引しました。真ん中にいる300Xは新幹線の試験車両で、JR東海の新幹線車両の開発に向けたデータ収集に用いられました。右奥にいるのはリニアモーターカーの試験車両で、山梨県にある実験線で走行実験に使われていました。

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東海道新幹線を事業の柱とするJR東海らしく(?)、東海道新幹線を走った歴代の新幹線車両が展示されています。屋外にはN700Aも展示されており、食事も取ることもできるスペースとしても利用されていました。500系のみ展示されていないのは、同車はJR西日本が開発した車両だからでしょうか。

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特に印象に残ったのは新幹線の食堂車の展示です。0系と100系にかつて連結されていた食堂車がそれぞれ1両ずつ展示されていました。食堂車の車内は明るく広々としていました。営業していた当時のメニューもありましたが、どれも美味しそうに見えました。

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特に100系の食堂車は2階建て車両の2階にあり、景色も楽しめたんだろうなと思うと、一度は乗ってみたかったなと思わずにはいられませんでした。食堂車の営業当時は、新幹線は今よりも遅かったはずですが、こうした空間でゆっくり旅をするというのも、違った意味でよかったのかもしれません。出張帰りに駅弁をつまみながらビールを飲むというようなこともやったことがありますが、食堂車で温かい料理を食べながらゆっくり帰るということも、一度はやってみたかったですね。

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充実していたのは新幹線だけではありませんでした。蒸気機関車の他、戦前に製造された電気機関車や電車もありました。元々関西地区の急行向けに製造されたモハ52形電車は、晩年は飯田線で使用されていました。

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クモハ12形電車とED18形電気機関車は、国鉄時代に一度廃車になったものを民営化後にJR東海が復活させて飯田線でイベント列車として運用していました。今でこそ観光列車が少ないJR東海ですが、民営化直後は主に飯田線トロッコ列車などを運行したり、自社で主に貸切列車向けの特別仕様の客車を所有したりと、今とは違うサービスも提供していました。新幹線の食堂車もその一環なのかもしれません。

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他にも現存する実車がほとんどない車両も展示されていました。モハ63形電車は戦時中に設計された通勤電車で、20ⅿの車体に片側4ヶ所のドアという設計は、その後の日本の通勤電車の基準となりました。また、1951年に桜木町駅にて発生し106名が犠牲となった列車火災事故の当該車両となり、それ以降の鉄道車両における火災対策の基準が厳しくなるきっかけにもなりました。戦後も73系と名前を変え、車体構造も一部が木造だったものが完全に鋼製のものになるなどして製造され続け、東京や大阪などの大都市圏を中心に1970年代終盤まで活躍しました。その後の通勤電車の設計に影響を与えた写系でありながら、記念碑的なものとしての保存車両はこの1両くらいしかありません。

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こちらのホジ6005形蒸気動車は、日本国内に現存する唯一の蒸気動車として、鉄道記念物及び重要文化財に指定されています。蒸気動車とは、蒸気機関車と客車の機能を1両にまとめ、ローカル線などで1両での運行を可能にした車両のことです。当時は現在走っているようなディーゼルカーはまだ開発されておらず、電化されていない路線で1両の列車を走らせようとすると、このような車両が作られることになるというわけです。こちらの車両は関西本線などで30年ほど使用されました。1両で走行できる車両ではありますが、蒸気機関が車両の片側にしかついていない設計上、運行の取り扱いが煩雑になることから、蒸気動車自体はあまりメジャーな物にはならず、動力を持たない客車に改造された車両も少なくないそうです。

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沼津を走っていた車両も展示されています。こちらの165系電車は、主に急行東海として、1996年まで走っていました。展示されているのは先頭車両のクモハ165形と中間車でグリーン車のサロ165形です。急行東海は1996年に特急列車となり、車両も373系電車となりましたが、2007年に廃止されています。

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こちらの111系電車は、東海道線などの中距離の普通電車向けに作られた車両です。それまでは片側2か所のドアの車両が使われていて、ラッシュ時間帯に乗り降りに時間がかかっていたため、ドアを1か所増やして片側3か所としたという車両です。4か所だと座席数が減ってしまうため、3か所としたという形です。それまでの車両にあったボックスシートも備え、長距離利用者にも配慮した設計です。111系電車が採用したこの車体構造は、国鉄中距離電車の標準設計となり、モーターの出力を上げた113系電車や勾配の多い路線に対応させた115系電車などへ発展していきました。沼津駅周辺では113系電車が2007年まで見られました。また、身延線御殿場線向けの115系電車が沼津機関区に配置され、こちらは静岡車両区に移った後2007年まで走っていました。

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165系や111系に見られるオレンジと緑の塗分けも、実は沼津に縁があるものです。こちらの写真は1950年に登場した80系電車(京都鉄道博物館所蔵)です。この電車は、日本で初めて中距離列車向けに、最大16両編成で運行するために製造された車両です。それまでの日本の電車は、1両単位で運用することを前提として設計されていましたが、80系電車は、長い編成を組んで運用することを前提として設計されています。80系電車が最初に使用されたのが、東京と沼津を結ぶ普通列車でした。東京から沼津までは古くから電化されており*1、東京から沼津までの間は電気機関車が牽引する客車列車が運行されていました。その列車が「湘南列車」と呼ばれており、80系電車の登場とともに「湘南電車」となりました。湘南電車が纏っていたのがオレンジと緑のツートンカラーで、この塗り分けが後に「湘南色」と呼ばれるようになりました。湘南色は先ほど紹介した111系電車にも引き継がれ、やがて中距離列車の標準色の1つになります。

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国鉄民営化後のJRの車両にもこのカラーが採用されており、沼津駅まで乗り入れるJR東日本E231系電車とE233系電車、熱海駅より西の静岡県内の東海道線普通列車に使われているJR東海所属の211系電車が、オレンジと緑の2色帯を纏っています。

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その他、現在建設中のリニア中央新幹線に関する展示もありました。国鉄時代から半世紀以上にわたって開発が続けられてきたリニアモーターカーですが、今は営業運転に向けた改良が進められているようですね。一部地域での工事がなかなか進まず、2027年の開業が極めて困難になってきているようですが、開通し実用化されればかなり画期的な交通手段になるはずで、早期の開業を願わんばかりです。

こちらで紹介した内容がすべてではなく、リニア・鉄道館には他にも展示や体験コーナーがあります。新幹線がメインなのかなと思いきや、在来線に関する展示も充実していたのが意外でした。食堂車が展示してあるのなら、食堂車で提供されていたメニューを一部でも食べられるレストランがあったらもっとよかったなと思いましたが、それでも質の高い博物館だと感じたことは確かです。じっくり回ると2~3時間くらいといったところです。名古屋に行った際にちょっと覗いてみるのもいいかもしれません。

*1:熱海~函南間の丹那トンネル開通と同時に沼津までが電化区間となった。